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| HOME>浦島太郎伝説 | |||||||||
おまえさまは、富貴村の東大高の、知里付神社という神さんの東南に、「負亀(おぶがめ)」という土地があることを知っとりなさるだろうか。 この土地には、浦島屋敷と呼んでいる一画もありますのじゃ。 浦島太郎が、助けた亀の背に負ぶさって、ここから出かけたから、負亀というているんで、りっぱな証拠ではござんせんか。 富貴(ふき)のことを、いろんなふうに言っとるようだが、この負亀を音で読みなさってごろうじろ。それ、フキと読めますじゃろうが。これが富貴という村の本当の意味と言えますまいか。 そればかりではござんせんよ。浦島川だとか浦ノ島という土地もありますのじゃ。この浦ノ島へは、海亀がたくさんやってきて産卵したもんだと、うちのじいさんに聞いたこともある。
おまえさん、富貴の南の海岸に、四海波(しかいなみ)というとこがあるのを知っとりなさるか。 昔はこの辺は海のきれいなとこで、富貴では、終戦後も長い間、海水浴で大にぎわいしたもんだが、この四海波は、殊に景色がええところで、名古屋の金持ちの別荘が並んどったが、あすこの堤防で、じっと海を眺めてごらんなされ。波の形が変わっとるんで、昔の人は、竜宮城の入口だと言っとった。 わしがじいさんの話だと、あの浜辺は「うめきの浜」というて、浦島太郎が、玉手箱を開けたため、白髪(しらが)になってしもうて、くやしくてうめいた所じゃということだった。 この浜から一丁くらい西には、翁塚(おきなづか)という古い塚もあるし、浦島観音さんもまつられておる。 東大高の真楽寺というお寺さんには、ちゃんと亀のお墓が残されていますのじゃ。 昔、弘法大師さんが、こちらへおいでんさったとき、ああ、ここは浦島太郎の出生地だと言われて、燕子花(かきつばた)と松と竹を植えなさったのだが、燕子花は四季咲きになり、大正天皇さまが皇太子さんのとき、ご覧になりましたのさ。枯れてしもうたが、松は斑入(ふいり)になり、竹は年中筍(たけのこ)が出たそうな。 富貴の市場には「竜宮神社」という神さんがあって、富貴の浜が海水浴でにぎわったころ、ようお参りがあったものだったが・・・。 とにかく、これだけ証拠がそろっとっても、浦島太郎の土地じゃないと言われますかの。 |
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『武豊のむかしばなし』より |
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